SPECIAL FEATURE特別取材
ミクターズの人気の秘密に迫る、
3人のプロフェッショナルにインタビュー!
[vol.01] -
ミクターズの真骨頂とは?
輿水精一さん(サントリー元チーフブレンダー)
#Special Feature
文:Drink Planet編集部
輿水さんとミクターズとの出会い。
Qまずはミクターズとの出会いを教えていただけますか?
ミクターズという名前を知ったのは、いつの頃だったか……、ブレンダーになった頃にはすでに意識していたように思います。当初は蒸留所がペンシルバニア州にあったことも含めて、いわゆる他のアメリカンウイスキーとは違う印象を持っていました。ペンシルバニアでつくっているウイスキーってどんなものか? というシンプルな興味が最初の出会いといえば出会いですね。
当時はそこまでの知識があったわけではないのですが、アメリカンウイスキーといえばケンタッキー州やテネシー州だと思っていたものが、実はルーツはペンシルバニアにあるという、ミクターズの歴史自体にも興味を覚えました。
ただ実際にミクターズときちんと向き合うようになったのは、2019年にケンタッキー州ルイビルにある現在の蒸留所を訪れてから。この訪問で、印象というか見方がガラリと変わりました。
ウイスキーづくりの一貫したストーリー!
Qミクターズの蒸留所を訪れてみて、どのようなことが印象的だったのでしょうか?
アメリカのものづくりは、一般的に低コストで均一の製品を多くつくる、大量生産型のイメージがありますが、ミクターズはまったく逆の哲学を持っているブランドでした。味への探究心が強く、コストは度外視。あくまでも品質重視。私がやってきたウイスキーづくりと共通する部分をすごく感じましたね。
原料選びや醸造部門といったニューメイクをつくるまでの工程もそうだし、私が専門としてきた貯蔵や熟成、ブレンド、ボトリングといった工程でも、味に対する一貫した狙いが見えました。
たとえば樽だったら、まずは原料の木材をいかに天然乾燥させるかがすごく大事になってくるのですが、ミクターズはそこに関しても本当に時間をかけて、丁寧につくっていました。最長で5年乾燥させるといっていたかな……。いままでいろんな蒸留所を見てきましたが、木材の天然乾燥へのこだわりは他にないくらいこだわっていました。
他にも、樽を焦がす際の2段階でのトースト&チャー、アルコール度数51.5%(103proof)という非常に低い度数で貯蔵、冬場に貯蔵庫を暖房で加温するなど、いくつも感心させられる部分はありました。スコットランドや日本、他のアメリカだって普通はアルコール度数60~63%くらいで貯蔵するのに、51.5%となると、必要な樽の数や貯蔵庫のスペースが全然違ってくる。コスト度外視といいますか、かなり意思がこもっているな、と感じました。
とはいえ、やみくもに変わったことをやっているわけではないんです。最終的な中身がどうありたいかというゴールがあって、そのために、トースト&チャーがあって、51.5%での貯蔵があって、高温での貯蔵がある。最高のアメリカンウイスキーをつくりたいというゴールがあるから、アプローチが明確なんです。
ものづくり全体が一貫したストーリーになっている、といってもいいかもしれませんね。
大量生産とは対極のブランドだし、流行りのクラフトとも一線を画している。ミクターズブランドはこうあるべき、という哲学が蒸留所全体にしっかり浸透しているように感じました。
アメリカ独立の影に、ミクターズあり!
Qアメリカで最初のウイスキーカンパニーとしてスタートしたミクターズですが、アメリカではミクターズはどのような位置づけのブランドなのでしょうか?
一言でいうとプレミアム。たまたまルイビルのホテルバーでウイスキーのリストを見せていただいたのですが、ミクターズはちょっと別格の扱いでした。バーのキャビネットにも見たこともないような年代物のミクターズが特別に飾ってあって、バーテンダーの方からもリスペクトされているような印象を受けましたね。
Qミクターズはアメリカの独立戦争との関わりが深いと聞きますが、当時の時代的な背景からミクターズはどのような役割を果たしたのでしょうか?
創業は1753年。当時は「シェンクス」、「ボンバーガー」というブランド名で呼ばれていたそうですが、歴史的な意味でも特別なブランドです。
私も本を読んで得た知識なのですが、独立戦争前のアメリカにおいて、アイルランドやスコットランド、イングランドからの移民が飲んでいたのはラム酒だったといわれています。イギリスとの独立戦争(1775~1783年)の際、イギリス側が海上封鎖を行ったせいで、西インド諸島からラムをつくるための原料(糖蜜)が入ってこなくなり、ラムが蒸留できなくなってしまいました。これは独立軍にとっては一大事。当時の軍隊ではラム酒を配給していたのですが、これは兵士たちの士気を維持するために絶対に必要なものでした。
そこで独立軍の司令官だったジョージ・ワシントンが白羽の矢を立てたのが、ミクターズのウイスキー。ワシントンはミクターズのウイスキーを兵士たちに飲ませることで、独立軍を勝利に導いたのです。それが独立戦争に勝利した影の要因だったなんていわれています(笑)。
それだけではありません。これを契機に、アメリカではラムに代わってウイスキーが主流になりました。ミクターズはアメリカ独立の影の立役者であり、アメリカンウイスキーの変遷においても大きな役割を果たしていたのです。あまり語られることのない、バーボンより前のアメリカンウイスキー黎明期の話です。歴史的伝承によると、ジョージ・ワシントンはペンシルベニアの旧ミクターズ蒸留所(当時のシュンクズ蒸留所)にてウイスキーを購入したと言われています。
輿水さんが実際にミクターズの蒸留所を訪問した時のワンシーン。
ミクターズのキャラクターとは!?
Q2段階に分けて樽を焦がすことはミクターズの特徴のひとつですが、これはミクターズのキャラクターのどういったところに現れているでしょうか?
1段階目で樽の内部をじっくりトースティングし、2段階目でチャー、つまりは内部の表面を一気に焦がします。セルロースやリグニン。そうすることで、原酒を詰めた際に、樽の内部にまで原酒が浸透し、今度は染み込んだものが樽に戻ってきます。浸透したり、出てきたりの繰り返しでもって、バニラや華やかな香りが増して、ウイスキーがより魅力的な味わいになります。
ただし、単に2段階に分けて樽を焦がすだけですと、非常に樽香が強い酒になってしまう恐れがあります。材の渋味や苦味、エグ味、舌の上をピリピリさせるような収斂味が出てしまいます。
そこでアルコール度数51.5%での樽詰めというのが意味を成してくる。これは私の推測ですが、樽香が出過ぎることの怖さを考えて、51.5%にしているのではないでしょうか。もちろん彼らがいっている「熟成後にあまり加水したくない」という理由もあると思いますが……。
2段階のトースト&チャーだけでなく、51.5%での樽詰めも含めて、ミクターズは上品でキレイな樽香を表現していると思います。
Qその他、輿水さんが注目したミクターズのつくり方はございますか?
ミクターズでは、自分たちのものづくりを「スモールバッチ」と呼んでいました。スモールバッチには明確な定義がないので、さまざまなメーカーがスモールバッチという言葉を使っていますが、ミクターズは1回の仕込みで最大でも20樽。スモールバッチというものを非常に明快に捉えていました。
さらに驚いたのは、品質を見極めながらチルフィルトレーション(冷却ろ過)の条件を決める、ということ。本当にきめ細かいですね。41.7%や45.7%など、ミクターズの完成品のアルコール度数が非常に中途半端(笑)なのは、そういう理由もあるのかもしれません。
それから、このサイズの蒸留所にしては、分析室が非常に充実していました。実際に一定のロットごとに、成分分析チームがいて、しっかりとデータを取っているのが見てとれました。つくりはスモールバッチだけど、品質管理や分析は大手並み。きちんと分析をしたうえでものづくりを行うという思想があるのでしょう。おいしさの追求に対して、理論的で、科学的で、合理的なアプローチを行っているんだと思います。
同じウイスキーのつくり手として。
Q輿水さんだからこそ感じた、ウイスキーをつくっているもの同志にしかわからない共通項はございましたか?
これは私の勝手な感想ですが、この蒸留所で仕事をしている人は楽しいんだろうな、という感覚はありましたね。経営判断ではなく、美味追及ということで一貫してものがつくれるというのは、技術者としては幸せな環境なんだろうなと思います。実際の内情はわかりませんけどね(笑)。
私は専門分野である貯蔵や熟成に目を向けてしまいがちですが、原料選びや発酵、蒸留にもこだわりがあるはず。ミクターズにはものづくりに一貫したストーリーがある。そういうのはひしひしと感じましたね。同じつくり手として、共感する部分が多い蒸留所でした。それは間違いありません。
Q最後に、ミクターズのラインナップにそれぞれテイスティングコメントをいただけますか?
【① ミクターズ US★1 バーボンウイスキー】
鼻通りのよい、ややシャープな感じのフーゼル香を感じます。しっかり内面を焼いたアメリカンオーク樽ならではのバニラ香を中心に、華やかで甘い感じの香りもしますね。完熟した果実、イチジクやメロン……、ややねっとりした濃厚なフルーティさも感じます。味わいは口当たりが柔らかく、スムーズで、まろやかさが際立っています。クリーンで甘い感じもあり、うまみが素直に余韻となって長く続いていきます。
【② ミクターズ US★1 ライウイスキー】
ライウイスキー特有の爽快な香りに加えて、穀物、フルーティ、甘い感じの香りなど、香りに重層性が際立っています。グリーンな感じと瑞々しいフルーティネスがほどよく混じり合い、香りの伸びのよさが魅力的ですね。味わいはなめらかで厚みがあり、かつボリュームがあり充実した感じ。非常にバランスのとれた味わいで、フィニッシュもしっかりしています。
【③ ミクターズ US★1 サワーマッシュ】
凝縮感のある甘い感じ。香り立ちがよく、トップの香りの総量がしっかりしています。底の香りはバーボンやライウイスキーのほうが豊かですが、爽快で伸びのよい香りが心地いいですね。口当たりはなめらか。口中に瑞々しい感じのフルーティさが広がり、余韻はどこまでもクリーンです。
【④ ミクターズ US★1 アメリカンウイスキー】
バレルの古樽で熟成させたこともあり、5年以上の熟成だが過剰な木香がなく、香り立ちはクリーンでバランスがよい。穏やかで繊細な香りは甘く、キャラメルやナッツ、プラムやアプリコットなどのドライフルーツを感じさせます。口当たりはなめらかでまろやか。多彩なフレーバーが軽やかに広がります。僅かな加水でその特徴は一層クリアになり、甘さと適度な酸味、心地よい苦味が余韻へとつながっていきます。