PICK UPピックアップ
上海のナイトシーンに
日本のバー文化を。<前編>
#Pick up
オーナー 竹中新さん
バーテンダー 鬼丸優子さん by「bar 8 balance」
「文字通り、チャイニーズドリームが成立する街ですよ。上海は」
と語るのは、上海で「bar 8 balance」を経営する竹中新さん。
学生時代にラグビーをやっていたという大柄な体格、未来を見据える意思のある表情、
と同時にすべてを包み込むようなやわらかな雰囲気。
純粋な日本人だという竹中さんだが、どこか大陸的なスケールの大きさを感じさせる。
上海の中心部から少し西に外れた虹橋(ホンジャオ)地区。
上海在住の日本人駐在員も多く住むという高級住宅街の一角に、竹中さんがオーナー
を務める「bar 8 balance」は構えている。
地上1階と地下に広々としたスペースを確保する同店だが、外観はいたって隠れ家的雰囲気。
通りがかりのツーリストが入ってくるようなことはまずない。
竹中さんは日本の大学を卒業後、大手飲料メーカーに就職。
ここでレストラン・ダイニング事業を統轄する部署に配属され、飲食ビジネスのノウハウを学んだ。
学生時代から起業家を志していた竹中さんは、ほどなくして独立し、
地元和歌山や京都でダイニングバーをオープンした。
「ちょうどその頃、中国と日本を行き来している華僑の方と知り合ったんです。
その方がいうには『例えば上海周辺だけでも1億人の実人口がいる。
そのうち1割がお金を自由に使える富裕層だとすると、潜在顧客が1千万人いることになる。
これから本気でビジネスを考えるなら中国だよ』と……。
漠然とでしたが、いつの日か中国で勝負したいと考えるようになりました」
その後、竹中さんは単身で2週間ほど上海周辺を旅した。
特に何をするという訳でもなく、とにかく街を、そして人を見てまわった。
「そこで『面白い!』と感じてしまったんです。
とにかくこの街は面白そうだと……。まず人が多い。
そして街自体が完成されていない。それなのに妙な熱気がある。
街を歩いているだけで、ビジネスアイディアが次々と浮かんできました。
とにかく上海にはチャンスがある、そう確信しました」
日本での事業にひと区切りをつけると、竹中さんは学生として上海に飛んだ。
そして語学を学びながら、上海という街を独自にマーケティングリサーチした。
この時点ではまだ何をやるかを具体的に決めていなかったという竹中さんだが、
「やはり経験のある飲食事業をやりたい」という風に徐々に気持ちが固まっていった。
2005年に、念願の店「bar 8 balance」をオープン。
竹中さんが目指したのは、中国や欧米スタイルのバーではなく、あくまで日本式のオーセンティックなバーだ。
「今でもそうですが、上海のバーはやはり派手な店が多いんです。
インテリアにしても、何かをどんどん足していくデザイン。それは街の景観を見ていただければわかりますよね(笑)。
ウチの場合はそうではなく、引いていくデザインを心がけました。
ミニマムな空間で、おいしいお酒を飲み、ゆったりとした時間を楽しむ。
そういう日本のバーカルチャーを、中国の方にも伝えたいという想いもありました」
「オープンしたての頃、中国人のお客さまにこんなことを言われました。
『この店を流行らせたいんだったら、派手に広告を出して、音楽をガンガンかけて、フロアレディを雇え。酒はボトルで提供したほうがいい。
あとはサイコロゲームさえあれば、中国人は勝手に飲んで勝手に楽しむよ。そのほうがお前も楽に儲かるだろ』と。
でも、それじゃ私がやる意味がないんですよね」
インテリアは、前述したように白を基調としたモダンミニマムなデザイン。
BGMはジャズ。
中国では滅多にお目にかかれない貴重なモルトを揃え、中国の酒場には欠かせないサイコロゲームも禁止した。
目立たない立地にも関わらず、最初の一年は広告もいっさい打たなかった。
来店するゲストはほとんどが口コミ。
それでも上海では珍しいスタイルのバーだったことも手伝って、少しずつリピーターが増えていった。
「人口が多いということは、ウチのようなスタイルを気に入ってくれるお客さまも必ずいるということです。
すきま産業という訳ではなく、上海にはそもそもスタイルの選択肢が少なかっただけです。
ですから近い将来、日本式のバー、あるいは日本式のお酒の飲み方がもっと認知されるようになると思います」
では、上海でバーを経営する上で、具体的にどんな苦労があるのだろうか?
そのあたりも竹中さんにうかがってみた。
「まずはスタッフの教育が挙げられますね。
簡単にいうと、日本でやるよりだいたい10倍の時間と労力がかかります。
日本と上海は地理的には近いのですが、文化の成り立ちが大きく異なります。
それに上海とはいっても、労働者の多くは中国の地方から出てきた人々です。
そもそもサービスという概念がないので『笑顔で接客するように』といっても、笑顔で接客する意味が分からないのです」
「でも中国の方々は手先も器用ですし、非常にまじめで、勉強熱心です。
ただサービスやおもてなしといったソフト面での認識が日本人とは違っているだけです。
ですから、そういった文化の違いをこちら側が理解して接していけば、優秀なスタッフは必ず育っていくと思います。
日本式のバーを経営するからといって、日本式のスタッフ教育法を持ち込むのはNGかもしれませんね」
その他、保健局や消防局などの許可取りも骨が折れるという。
さらに「bar 8 balance」では、氷も自分たちで製氷し、お酒の仕入れは日本の代理店を介して独自の流通網を築いている。
そのくらいのことはやらないと、日本式のクオリティーのバーは維持できないとのことだ。
最後に竹中さんに、上海でバーを経営することの魅力を聞いた。
「やりたいことをそのまま形にしても受け入れられるところですね。
上海や中国にはそういった懐の深さがあります。
日本ですと、どうしても少ないパイを取り合うことになるので、結果的に自分がやりたい店とは違った店になってしまう。
そういう意味で、上海は自由です。やったら、やったぶんだけのものが返ってくる街です」
後編へつづく。
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