半世紀の歴史が培う、
ロイヤル バーのフィロソフィ。
<前編>

PICK UPピックアップ

半世紀の歴史が培う、
ロイヤル バーのフィロソフィ。
<前編>

#Pick up

大竹学さん、中村サビーヌさん from「ロイヤル バー」

「Mr.マティーニ」こと今井清さん、「世界一」の称号を手にした大竹学さんらが采配を振るってきたロイヤル バー。受け継がれるバーテンディングと、若きバーテンダーの挑戦をお届けしよう。

文:Ryoko Kuraishi

「調香師になりたかった」という中村さんの真骨頂、「ノルマンディーオールドファッション」。故郷ノルマンディーの特産、カルヴァドスで「オールドファッション」をツイスト。ウイスキービターとピーチビターを効かせた奥行きのある風味に、甘いドライアップルとスパイシーなシナモンの香りが華やぎを添える。¥1,980  Photos by Kenichi Katsukawa

半世紀以上の歴史を誇る、パレスホテル東京のロイヤル バー。
そのバーカウンターに立った初の女性バーテンダーが、フランス・ノルマンディー出身の中村サビーヌさんだ。


「子どもの頃は調香師になりたかった」という中村さん、もともとはバーテンダーではなくホテルマンを目指してパリのホテル専門学校に通っていた。
そこで出合ったのがバーテンディングの世界だった。


「いろいろな香りで一つのハーモニーを作り上げる調香師と、さまざまなアルコールを混ぜ合わせて全く新しいカクテルを完成させるバーテンダーはどこかリンクしていたんです。
パフュームを職業とすることは叶わなかったけれど、バーテンダーのクリエイティビティの奥深さや所作に惹きつけられました」

1961年にオープンした旧パレスホテルのロイヤル バー。今井さんがデザインしたカウンターは今もそのまま受け継がれている。

ホテル学校時代、カリキュラムの一環としてパレスホテル東京にて半年間の研修を体験した。
研修当初はレストランに、続いてロビーラウンジに配属。
だが、ロイヤル バーの内装を一目見るなり魅了され、こちらへの配属を願い出た。


「両親がよくホテルを利用していて、子どもの頃から特別な日にはホテルに滞在していたんです。
ロイヤル バーのクラシックで美しい佇まいは、その当時の古き良きホテルの雰囲気を彷彿とさせました」


パリでバーテンダーのアルバイトをしていたこともあり、バーテンディングの心得はあった。
だが、ここで大竹学さんという存在を間近にし、その圧倒的な情熱と技量に圧倒される。
半年間の研修が終了する際は、「学校を卒業後、必ずここに戻ってきます」と宣言し、後ろ髪引かれる思いで帰国。


「まさか本当に戻ってくるとは思わなかったから、その時は適当に流していた」と大竹さんは笑うけれど、その半年後、晴れてパレスホテルに入社した。

子どものころから趣味としていた手品のスキルが、現在のバーテンディングに生きている。

中村さんが感銘を受けたのは、他でも類を見ない、日本のバーテンダーの職人魂や美意識だった。


「大竹には『キレイに作ること』を指導されています。
見られていることを常に意識した、ティーセレモニーのような所作。
キレイな氷、美しいグラス。


バーカウンターは神棚のようなもので、常に磨かれ、きちんと整理されている。
何もかもが端正で、そして無駄がない。
それが居心地の良さやホスピタリティに通じるんだと教えてもらいました」


もう一つ、パリと日本ではカクテルの方向性も大きく異なった。


「日本ではクラシックが尊ばれていますが、ヨーロッパではミクソロジーが流行りですし、たとえホテルバーであってもクラシックカクテルをツイストしています。
ですから、パリではセオリー通りのクラシックカクテルを作る機会がありませんでした。


日本でバーテンディングを学ぼうと決めたのは、カクテルの基礎であるクラシックをきちんと身につけたいと思ったから。
クラシックが身についていなければ、ミクソロジーのテクニックを取り入れても目指すカクテルは作れません。
氷の切り方、バーツールの扱い方、こうした基本の先にクリエイティビティがある。
だから日本のバーテンダーはコンペティションでもいい成績を収められるんだと思います」

ラム×ビーツジュースに生姜の刺激、シナモンの香り、レモンの酸味を効かせた「テンタドーラ」¥1,980。オレンジピールで仕立てたコウモリのマスクがポイントに。

良き師に恵まれ、日本のバーテンディングの哲学を叩き込まれている中村さん。
日々の精進は昨年、「バカルディ レガシー カクテル コンペティション 2017」ジャパン ファイナリストという形で表れた。


そのカクテルが「テンタドーラ」(「魅惑的な女性」の意)。
ヨーロッパではおなじみのビーツジュースを使い、コウモリのマスクを模ったオレンジピールを添えた一杯で、女性をイメージして創作した。


「パリでバーテンダーのアルバイトをしていた時、よく使っていたのがビーツジュース。
私にとっては使い慣れた素材ですし、いろいろなスパイスともマッチします。
オリジナルカクテルを考案する時は、今回のビーツジュースのように人の興味を引くようなユニークな素材を選び出し、それをベースに組み立てることが多いですね」

中村さんの大好きなカクテルが「スプリッツァー」。アぺロールにプロセッコを加えてシャンパーニュで割ったオリジナルカクテル、¥2,420。「テニスの試合で、これを片手に観戦する方がいて。おしゃれだなって憧れていました」

昨年11月にセミファイナルを勝ち抜いて以来、全国のバーでゲストバーテンディングを行いながらこのカクテルをプロモーションしている。


「魅力的な現代の女性たちにもっとバーの世界を楽しんでもらいたい、そんな思いから、国内外で有名な女性バーテンダーの活躍するバーを精力的に巡りました。
私にとって初めての経験となる街場のバーで、エネルギーに満ち溢れた女性たちとの出会いに恵まれたんです」


全国のバーで培った縁や経験を武器に目指すのは、今月23日に開催される日本大会ファイナルでの優勝、そしてワールドチャンピオンだ。


「まだ先かもしれませんが、私も大竹のように世界を狙ってみたい。
海外のバーでも働いてみたいし、いずれはホテルバーのマネジメントにも携わってみたいんです」


そんな中村さんが目標とするのは、高いスキルと懐の深さ、そして謙虚さを併せ持つバーテンダー。
「大竹にいつも、『バーテンダーに最も必要なものはパーソナリティだ』って言われていますから」


後編では、中村さんが受け継ぐロイヤル バーのバーテンディング哲学を大竹さんに伺ってみよう。


後編に続く。

SHOP INFORMATION

ロイヤル バー
千代田区丸の内1-1-1
パレスホテル東京1F
TEL:03-3211-5318
URL:http://www.palacehoteltokyo.com/restaurant/royal_bar.php

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